20231211──トークの貧乏性

・7時過ぎにパシッと起床。食べ物がなくて、カップヌードルProを食べた。

・ありスパを聞く。ボールペンの樹脂玉の件が結構引っ張られていた。引っ張りすぎ。

・中トロラジオを聞いた。エピソードトークとお便りの会。

・ハトのフンが落ちてきた、のエピソードトークとしての難しさが話されている。たしかにこれはエピソードとしては弱いが話さないのは勿体ないと思うのは分かる。私もハトフン経験あるしそれを友達に話した気もする。

・話の流れでオチを求める関西人に言及があった。たしかにそういうステレオタイプはあるんだけどあまり見たことはない。実際いるんだろうか。オチを求めるのはエピソードトークの形式にオチを含んだ前提を持っていて話を聞くからなんだろう。けれど、おそらくオチが無い話をするときは「オチのない話なんだけど」と前置きする人も多いように思う。また、オチがないやんけ、というツッコミでオチにすることも可能なのでオチは無くても成立してしまう。

・あえて「オチは?」と聞くのはそれはそれでコミュニケーションの問題が気がする。思っていてもあえて言わないことは必要だ。

・とはいえオチがあることで会話が締まったりリズムができるので有用ではある。

・で、ハトフンエピソードの改良は結構ムズい。それ自体に起承転結が無いので構成とかでもない。やるとしたらめちゃくちゃにデカい嘘を言いまくって唯一の事実であるハトフンエピソードを織り交ぜる、で終わってからたった一つの事実はどれだったでしょう?とやるパターン。それか最初に一つだけ事実があります、とやってもいいかもしれない。

・めちゃくちゃな嘘が大きければ大きいほどハトフンエピソードのなんてことなさが際立ってなんとか面白さにつながるような気がする。嘘の嘘っぽさ、事実のしょうもなさのギャップが大きければ成功するが、面白い嘘を言うテクニックが必要になる。

・例えば、深夜2時に起きて出社前に朝ゴン食べなきゃ!と思ってモツ鍋を食べたんだよね。締めにダブルチーズバーガー雑炊を食べてから制服のレオタードに着替えて、お気に入りの蛇の抜け殻で作ったサコッシュを持って家を出たわけ。で最寄り駅まで4kmあるからショートカットのために一回地割れに飲み込まれてから駅前のセブンイレブンまで行ったんだけど、途中で髪の毛に何か当たった気がしてさわるとなんか濡れてたんだよね。あっこれハトフンじゃんと思って、はいはいつってイラつくでもなく来た道帰っちゃったんだよね。仕方ないからお気に入りの真っ赤なタキシードに着替えてからまた普通に出社したのよ。

・的な。なんだこれ?

・ほかには「怒りを発散できなかった話」「怒りの発散方法」「ハトを滅ぼすにはどうしたらいい?」「そんなに怒ってないけどマジギレした体で大声を出す」「親子丼すら憎くて食べられない」なんかかな。

・というかすんごい深刻で取り返しがつかないことが起こったんです……、という始まりからハトフンに帰着してもギャップの面白さは得られる気がする。

・なんてことなさを強調する、抽象化する、話題の入り口にする、めっちゃ嘘をつく、なんかが妥当なんだろうか。

・エピソードトークはほぼしないけど、人のエピソードトークが始まったときは結構難しいなと思う。向こうにはこれを話そう!という意識があるので、そこに向けて話を積み上げていくんだけど途中のあれこれに相槌以上の会話を差し込みたくなってしまう。そのワードでちょっと言えたり、ひと盛り上がりしたり、あるあるを言えたりするんだけどオチに向かっての加速を邪魔するのかどうかが気がかりで相槌打ちマシンになりがちだ。エピソードが終わってから引き返すほどでもないことがいくつかあったなーと思うともったいなく感じてしまう。トークの貧乏性だ。

・仕事、仕事、仕事。

・ピーター・シンガー『飢えと豊かさと道徳』を読んだ。なんかそりゃそうだけどさ、という印象が強い。結構文章が固いのでちゃんと読めていない部分も多い。

・言っていることはそうなんだろうけど話の対象が富裕層に思えて仕方ないのであんまりピンと来ていないのかも。リッチなやつらは懐が痛まず寄付して命を救えるのだから寄付は義務や、ていうのが雑な趣旨だ。ここに自分が含まれるのか?ってのは自問自答が入る。確かに貧困ではないが将来的な不安とか人生の危うさがゼロではないのでもりもり寄付はできないわけだ。とはいえ多少の寄付で生活に影響が出ないのだから寄付はせんとな、とは思った。

・あと命を救うという観点以外の寄付の道もたくさんあるように思うので寄付の優先度も難しい決定に感じる。

・簡単な道は安牌な組織に毎月引き落としで寄付するように手配することだ。確定申告の簡便な方法についても会得すべきだし、持ち前の面倒くさがり精神が発揮されてしまっている。

・二日連続でキムチ鍋を食べた。